バイオ医薬品の登場で寛解率が飛躍的に高まり、ここ数年でバイオシミラーが続々と発売されている関節リウマチ。患者数は60万~100万人に上り、バイオシミラーへの切り替えが進むと医療費削減へのインパクトが非常に大きいと言われています。一方で先行バイオ医薬品からバイオシミラーへの切り替えには、医療関係者の理解と協力が、より重要な要因となっています。
今回は、東京女子医科大学病院膠原病リウマチ痛風センター所長で、東京女子医科大学膠原病リウマチ内科学講座教授・講座主任の山中寿先生に、実臨床の現場に立たれる医師の立場からみたバイオシミラーの使用状況、患者さんの反応、バイオシミラーへの切り替えに対する課題・問題点、さらに普及に向けた提言をいただきます。(対談日:2019年3月15日)
※所属・役職は対談当時のものです。
バイオシミラー普及促進のために
医師に正しく認識してほしい、
「バイオシミラーは“ほぼ同じ薬剤、同じ効き目”」
黒川 また、その一方で、バイオ医薬品の性質上、バイオシミラーも単一な分子構造ではなく、完全に同じものは作れません。そういう中で、臨床試験で先行バイオ医薬品との同等性を確認しているわけです。こういったことを踏まえ、バイオシミラーの使用について先生方あるいは患者さんに、どのようなことを説明すれば、さらにご理解いただけるようになるのでしょうか。
山中
私は、「ジェネリック医薬品は『同じ薬剤で同じ効き目』ではなく、『同じ薬剤、多分同じ効き目』」といつも申し上げています。なぜなら、ジェネリック医薬品はヒトでの薬効を確かめていないからです。臨床試験をしていないので、同じ効き目かどうか確かめていない。それに比べ、バイオシミラーは、きちんと臨床試験を実施し、同じ効き目ということが確認されているため、「ほぼ同じ薬剤で、同じ効き目」と言えると思います。ここの違いを理解していただくことが、非常に大事ではないかと思います。
加えて、医療関係者が理解しておかなければいけないのは、先行バイオ医薬品でも、バッチごとに少しずつ、いろいろな分子特性や生物学的特性は一定の範囲でバラつきがあるということです。もともと単一なものができているわけではなく、例えば製造のやり方を少し変えたりすることは、今まで、例えばインフリキシマブ(レミケード)の例でも何十回とやっているわけで、そのたびに少しずつ違うレミケードができています。
ですから、それとバイオシミラーと何が違うのかと言われると、何も違わない。そのことを医療者に理解してもらうべきです。バイオシミラーは信用できないとか、危ないとか、アレルギーが出るとか、そういったことがいろいろ言われるけれど、そういうエビデンスは全然ないのです。だから、正しい知識を流布することにより、医療者の考え方も当然変わるだろうと思います。
ここからは私の個人的な考えになりますが、今のEBMの世の中で育ってきた若い医師たちは、本当にエビデンスを出せば納得する、そういう傾向があります。大学や病院には皆で勉強して新しいことをやろうという機運があります。まず、そういった医師たちにエビデンスを示し、理論的なアプローチで、バイオシミラーを使うことの意義を伝えていくのが、とてもよいのではないかと考えます。
黒川 医師・薬剤師への普及啓発のための活動は、しっかりやり続けていきたいと思います。最終的には患者さんにも、バイオシミラーを正しく認知していただきたいと思っております。
日本バイオシミラー協議会は、学会への働きかけとエビデンスづくりに尽力すべき
山中
もちろん、そこが目標ですが、実際にどこから手をつけるかというと、私はやはり病院の医師ではないかと感じています。そのためには学会への働きかけが重要になります。学会、そしてガイドライン、その辺りがバイオシミラーを取り上げ、バイオシミラーを促進するような方向に動くことが第一ではないでしょうか。
若い世代の医師に、バイオシミラーのことをわかってもらおうとする方が話は早いです。総括的に考えると、そのような気がします。若い人たちの方がEBMを根拠として動きやすいと思うので、そちらの方に力を入れていただく。例えば日本バイオシミラー協議会が学会に働きかけ、できたらガイドラインの中に入れ込んでもらうことも大事ではないかと思います。
さらには、エビデンスをつくることに関しても、ぜひぜひご尽力いただきたい。臨床試験で、先行品からバイオシミラーに切り替えたときの安全性は、ほぼ確立したと私は思います。ところが、それを元の先行品へ戻したらどうかなるかということ。それから、バイオシミラーが後続1、後続2、後続3という形で出てきた場合に、その間でどんどん替えていった場合にどうなるのかということの不安が、まだ少しあります。
実際の問題としてあるのは、例えばインフリキシマブの場合、先行品と後続1、2、3の計4種類があるわけです。先行バイオ医薬品との同質/同等性は全部一緒です。でも、例えばある病院では先行バイオ医薬品を採用している、ある病院ではバイオシミラー後続1、ここは後続2、ここは後続3を採用している場合があります。患者さんがずっと一つの施設で治療されているとは限らないわけで、例えばご主人の転勤にともない、東京から札幌へ行ったり福岡へ行ったりされる。そうすると、インフリキシマブの治療を受けるたびに、薬剤が少し違う。それに対する不安があり、それへの回答を誰も持っていません。
アメリカのメリーランド州にあるマサチューセッツ大学メモリアルメディカルセンターリウマチ臨床研究部長のジョナサン・ケイ(Jonathan Kay)先生は、親しい友人なのですが、「インターチェンジャビリティ(互換性)というものが課題として最後まで残るだろう」といつも話しています。ただ、これもエビデンスができれば、それに対応する方法は当然出てくると思うので、そういった方面のエビデンスの創出に関しても、日本バイオシミラー協議会として取り組んでいただきたいと思います。
黒川 ありがとうございます。今、ビッグデータとか、さまざまなデータベースが急速に発展していますので、そういったテクノロジーの進歩をうまく取り入れながら進めて参ります。
山中 ぜひともお願いします。その中で一番期待されるのはナショナルデータベース(NDB)です。これは厚労省が全部管理しているわけですが、その中で、バイオシミラーの後続1、2、3のデータも当然出てくるわけです。少ない例であっても、そういうものがフォローできるので、それをうまく使っていただく。日本バイオシミラー協議会で厚労省に申請を上げていただき、どなたかを主任研究者にして、そこのインターチェンジャビリティ(互換性)をNDBでやる。医療データベースはほかにもいろいろありますが、やはりそれぞれ欠点があります。患者さんが転院したときの追跡機能ということからいくと、NDBが一番いいと思うので、それはぜひそこで解決していただきたいと思います。
黒川
はい。先ほども申し上げましたが、国も、日本の医療の中でしっかり役割を果たしてほしいという趣旨で、バイオシミラーに研究費や制度を用意してくださっており、平成30年度は2,000名ほどの病院薬剤師の方々にバイオシミラーの講習会を受けていただきました。平成31年度は医療機関の医師に対し、バイオシミラーをご理解いただく機会を設定して頂くことになっています。
今日いただいたご提案は、それをまさにエビデンスをともなった説得力のあるものにするために努力しなさい、というお話なので、国とも相談して力を合わせてやれるようにいたします。よいアイデアをいただきました。
バイオシミラーが必要不可欠になるのは、世界的潮流
山中
当然ご存じのことですが、ヨーロッパ各国はどんどんバイオシミラーに切り替えています。スウェーデンとかイギリスでは、インフリキシマブのバイオシミラーへのスイッチが増えている。さらに世界的に見ると、バイオシミラーの開発ガイドラインをさまざまな国でつくっています。特に南アメリカとかアフリカとか東南アジアの国が圧倒的に多い。なぜかといったら、それだけ医療費が問題になる国々です。ニーズがあるのは目に見えている。財政的にバイオ医薬品を定着させるためにはバイオシミラーが必要不可欠であることは世界的な認識だと私は見ています。
バイオシミラーに替わっていく流れには誰も反対できない時代が来ると、私は思います。ジェネリック医薬品のときは当初はそれほど賛成しなかったのですが、バイオシミラーに関しては最初からやるべきだと直感してやっているのは、そういう時代の流れがあるとの認識だからです。
黒川
先ほど、エタネルセプトの供給不足についてお話がありましたが、医薬品産業の大きな責任として、優れた品質の製品を繰り返し安定的に、必要とされるところに滞りなくお届けし、使っていただく。これは最低ラインです。ですから、例えば欠品などは、基本的にはあってはならないことだと考えています。協議会としてもそこには責任を感じています。
山中
近年、バイオシミラー製造販売に向け、多くの製薬会社が動かれていることは非常に歓迎すべき状況ですが、一つ申し上げたいのは、その疾患と疾患を取り巻く状況をよく知った上で、よく勉強した上で参入していただきたい、ということです。該当する疾患領域をまったく知らない会社が入ってきた場合に、欠品などが起こるのではないかと考えます。
ただ、今、関節リウマチに関しては潮目が変わろうとしています。関節リウマチの世界に、昔からずっとコミットしてきた製薬会社がバイオシミラーを出しました。社内に関節リウマチの部隊がいる。そういったところが真剣に取り組んでくるのは、バイオシミラーを扱う企業全体のレベルアップにもつながり、影響がかなり大きいと見ています。
関節リウマチだけでなく、糖尿病もそうです。糖尿病を熟知している会社の参入により、今、インスリンのバイオシミラーがどんどん売れています。それから、ホルモン補充療法に関しても、やはりその疾患領域のことを十分に理解して参入していただきたいというのが、私からのお願いです。
特に関節リウマチは慢性疾患です。医療関係者と患者さんとの関係が非常に強い。急性疾患のように、付いて離れて付いて離れてということではありません。私も20年、30年診ている患者さんが大勢います。われわれドクターの心情としたら、少しでもその患者さんのプラスになるようなことをして差し上げたい。それは単に病気をよくするだけではなく、20年、30年と毎月顔を見ていたら、その人の環境もある程度知っているわけですから、そういう気持ちが常に心にあります。患者さんのメリットになるかどうかをすごく考えている領域だと思うので、繰り返しになりますが、新たに参入する企業は、そのことを理解して入ってきてほしいと思います。
夢を持てば、必ず解決する
――バイオシミラーをどう社会に受け入れていくのか前向きに議論を
黒川
日本バイオシミラー協議会への期待と申しますか、ご注意だけでなく励ましのお言葉もいただき、身に染みるものがありました。私どもはあらゆる方法で、さらにアフォーダビリティ、アクセシビリティのよいお薬を社会に提案していこうと思っているわけですが、そういった中で、山中先生の描く関節リウマチ治療の将来について、治療の発展や患者さんのQOLの向上への見通しを、教えていただけますでしょうか。
山中
はい。私は2019年4月の日本リウマチ学会で、会長を務めさせていただきますが、「夢を語ろう」をテーマにし、それを中心に、会長講演をはじめいろいろなことを企画しました。
なぜ「夢を語ろう」なのかと申し上げますと、EBMとともに歩んできた関節リウマチですが、さまざまな関節リウマチの臨床研究が、寛解率とか安全性とか、非常に短期間の目先のアウトカムばかり追いかけているような気がしています。確かに、寛解になって患者さんは喜びますが、患者さんが病気から逃れられたわけではない、治ったわけではないのです。私自身としては、患者さんの本当の思いというのは、病気から逃れられること、治ること、であると捉えています。また、ある程度遺伝性があるので、お子さんが自分と同じ病気にならないかどうか。実際、私は親子で診ている例もずいぶんあるので、親としての患者さんにはそういった心配もあるわけです。
ですから、リウマチ患者さんとしての夢は、病気の完治、それから発症の予防だと思います。そこのところの視点を失わないでいただきたいというのが、私のメッセージです。
例えば、キング牧師が「I have a dream」という有名な演説をしたのは何年頃か、ご存じですか。
黒川 1960年代だったでしょうか。
山中
そう、1963年のことです。奴隷の子孫と奴隷の主人だった人の子孫が同じテーブルで語り合えることが、その時代の夢だった。今から50年前の話です。今、その夢は実現しています。私が医者になった1980年、関節リウマチの寛解など、まったく夢だったのです。それが、いま半分以上の人が寛解になっています。夢を持てば必ず叶う。現在は達成不可能と思われる夢でも、持つことがすごく大事なのです。夢を持てば、いずれは解決、実現します。
そしてこれも私の持論ですが、意見とか政策とか政治といったことは、右に左に振れます。しかし、科学技術だけは絶対、真っすぐにしか進まない。後ろに下がりません。ですから、それを社会がどのように受け入れていくかということが、非常に大事です。右往左往している社会とかシステムが、科学技術のように真っすぐに進むものをどうやって受け入れるかということだと思うのです。
例えば人工知能(AI)などでもそうですよね。これからAIが進んでいくのを社会がどのように受容するのかということが問題になっています。そういう意味からすると、バイオシミラーも科学の進歩であることは間違いないので、それを社会がどのように受け入れていくか、社会全体がもっと前向きに考えなければならないと思っている次第です。
バイオシミラー普及も「三方良し」の精神で
黒川 夢を持つこと、そして、先生から以前、「三方良し」(「売り手良し・買い手良し・世間良し」)というお言葉を伺いました。本日のお話もそこによき着地点があるように感じています。
山中
ありがとうございます。私は滋賀県、つまり近江の出身なのですが、この「三方良し」が近江商人の一つの理念なわけです。近江商人は行商ですから、A地のものをB地に持って行って売り、B地のものを仕入れてA地に持って帰ってきて売り、という形で、そこはWin-Winがあればよかったわけです。彼らの考えは、A地がもっと大きくなり、B地がもっと大きくなれば、自分たちの商売はもっとうまくいくということだった。私はそう理解しています。ですから、利害関係者だけではなく第三者にもプラスになるようなこと、Win-Win-Winができたら、その事業は非常にうまくいく。企業の社会的責任(CSR)はそういったことを目指していると思いますし、近江商人を起源に持つような企業が、CSRを一生懸命やっているのは、そういう背景があるのだと思います。
私は東京女子医大のIORRA調査を始めたときに、「三方良し」ということも考えました。医者と患者を二辺として考えた場合に、三辺目は何か。三角形は面白いもので、2点を固定すれば3つ目は何でもできるのです。無限にあります。三辺目は、病院かもしれない、家族かもしれない、厚労省かもしれない、製薬会社かもしれない、薬剤師さんかもしれない。いろいろなものがあります。ですから、そういった関係を構築していくことがすごく大事だと思います。
バイオシミラーの例で言えば、例えば製薬企業と患者さんを考えた場合に、3点目に誰の利益を考えるべきか。医療関係者であったり、国民全体であったり、厚労省であったり、そういう形でいろいろな第三者が想定できると思います。だから、皆がいいような世界、Win-Win-Winが構築できたら素晴らしいと思うし、自分たちの利益だけを考えるのではなく、そういったことができたらいいと私自身は願っています。
黒川 日本バイオシミラー協議会としてもWin-Win-Winはどこにあるのか、「三方良し」とは何かということを真剣に考え、行動して行きたいと思います。重要な課題をいただきました。本日は本当にありがとうございました。
●山中 寿(やまなか ひさし)
1980年三重大学医学部卒業、同大学第三内科入局。1983年より東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センターに勤務。2003年同センター教授、2008年同センター所長に就任。その間の1985~1988年米国スクリプス・クリニック研究所研究員。2019年5月に山王メディカルセンターリウマチ・痛風・膠原病センター長、国際医療福祉大学臨床医学研究センター教授および東京女子医科大学客員教授に就任。2000年「日本痛風・核酸代謝学会賞」、2012年には2000年から取り組んでいる関節リウマチ患者を対象とした前向き大規模コホート調査「IORRA」の実績により、2012年度「日本リウマチ学会賞」を受賞。
●黒川 達夫(くろかわ たつお)
1973年千葉大学薬学部卒業後、厚生省(当時)入省。薬務局 監視指導課等を経て、WHO職員。その後、科学技術庁、厚生省大臣官房国際課、医薬品審査、安全対策課長、大臣官房審議官等を歴任。2008年より千葉大学大学院薬学研究院特任教授、2011年から2016年慶應義塾大学薬学部大学院薬学研究科教授。2016年より日本バイオシミラー協議会理事長。薬学博士。