日本バイオシミラー協議会 第2回理事長対談
「医療機関におけるバイオシミラーの理解・使用促進と病院薬剤師の役割」
石井 伊都子先生(千葉大学医学部附属病院薬剤部長/同大学薬学研究院病院薬学研究室教授)、黒川 達夫(バイオシミラー学会理事長)

 薬局において先発品からの切り替えが可能なジェネリック医薬品と異なり、先行のバイオ医薬品からバイオシミラーへの切り替えを促進させるためには、医療機関の理解と協力が不可欠です。そこで今回は、千葉大学医学部附属病院薬剤部教授 薬剤部長/同大学薬学研究院医療薬学研究室教授の石井伊都子先生に、病院薬剤部・薬剤師の立場から現状のバイオシミラー使用状況、採用例や採用に際しての課題や問題点、更には使用促進・普及に向けた提言までを、黒川達夫日本バイオシミラー協議会理事長が伺います。(対談日:2018年9月20日)

  • 医療機関におけるバイオ医薬品とバイオシミラーの現状
  • 行政、製薬会社、協議会への要望と期待
  • バイオシミラー、今後の展望

医療機関におけるバイオ医薬品とバイオシミラーの現状

医師も薬剤師も、バイオ医薬品・バイオシミラーへの理解が不十分

黒川 現在、私はバイオシミラーの普及啓発を使命とする「日本バイオシミラー協議会」の理事長として、微力ですが活動しています。その中で、全てではありませんが、未だに医療の第一線の医師、そして薬剤師の先生方の大勢が「バイオシミラー、これはいったい何ぞや」というところに留まっているように感じており、まだまだ相当努力の余地があると認識を新たにしているところです。
 国の方針としても、ジェネリック医薬品の普及をより推進し、加えてバイオシミラーについても、大きな見地から力を入れていこうとしています。このような状況下、医療の第一線におけるバイオシミラーの現状とともに、問題点や課題をご指摘いただき、私ども普及にかかわる立場にある者が、今後努力すべきポイントなどをご教示いただければ大変ありがたく存じます。
 早速ですが、まず医療機関におけるバイオシミラーの現状からお話をいただければと思います。

石井 はい。まず、病院に勤務する医師と薬剤師がどれだけバイオシミラーを理解しているかということで申し上げますと、一部の血液内科領域の先生は非常に熟知されていますが、他の診療科の医師の大方はバイオシミラーに対する理解が進んでいないのが現状と言えます。これは大きな問題です。
 一方、薬剤師はどうかと言うと、やはりタンパク製剤に対しての理解はまだ浅いところがあります。したがって、バイオシミラーより以前にバイオ医薬品というところからしっかりと理解していかなければいけない段階です。ただ、6年制を卒業した年代や30代ぐらいの比較的若い薬剤師たちは、既に大学で履修していますので、理解度は深まってきています。しかし、それ以上の年代の人たちに理解を求めるのが非常に難しい。正確な理解、ということでは、年代により違うのが正直なところです。


バイオ医薬品の特性とは

黒川 石井先生は薬剤師でいらっしゃり、しかもタンパク製剤や高分子の製剤について基礎領域でも大変功績を重ねられ、第一線でもそれを生かしておられる。そういうところから、いわゆる低分子のジェネリック医薬品、高分子のバイオ医薬品、この違いの重要なところをどのようにお考えでしょうか。

石井 化学合成によって製造される低分子の製剤と異なり、バイオ医薬品は、製造に生きた動物細胞や大腸菌、酵母などを用いていますから、そもそもまったく同一のものを作ることはできません。このことはバイオシミラーを理解するうえでも重要なことで、医師も薬剤師もしっかり認識しておくべきことです。

黒川 それでは、もう一歩踏み込み、なぜ高分子とかタンパク製剤が特別な位置付けにあるのか。例えばpharmacodynamics(薬力学)、レセプターへの結合、あるいは患者側の感受性の違いとか、そういう面から見てのお考えをお聞かせいただけますか。

石井 PK/PD(薬物動態(PK)と薬力学(PD)を組み合わせて適正な臨床使用を実践するための考え方)に関しては、実際には低分子であろうが、高分子であろうが、まず同じ理解でよいかと思います。
 低分子は、例えば酵素のここだけを抑えるといったら、副作用の出方が似通ってきます。タンパク製剤でも、例えばG-CSF(顆粒球コロニー形成刺激因子)製剤は、どこかの免疫反応を抑えるわけではないため、作用は一様に出ますし、副作用に関してもさほどバラエティに富まないところがあります。一方、抗体製剤ですが、ある種の免疫の反応の一部を抑えますから、一連の免疫反応に影響し、患者さんのバックグラウンドによって副作用の出方が変わってくるというバラエティに富んだ側面があります。タンパク製剤の中の特に抗体製剤は、おそらくわれわれが想像していない範囲で免疫から様々な応答があり、思ってもみなかった副作用が出てくることがあるので、患者管理が重要になるのではないかと考えています。

黒川 わかりました。そのような患者ケアが必要というお考えに立ち、既に文献になっていたり、あるいは添付文書に書いてあるファクトと言いますか、データの積み重ねが十分なのかどうか。あるいは、先生方に安心して使っていただくために、この領域の積み重ねが役に立ちますよとか、そういうものはありますか。

石井 実際に長く使われていくと、文献的な蓄積は当然出てきますし、個人の経験も併せてついてきます。学会などで情報交換もできるので、長く使用されているバイオ医薬品、バイオシミラーについては、それなりに対処できるかと思います。今、われわれが危険視しているのは、どんどん新しいバイオ医薬品が出てきていて、その添付文書に多くの副作用の文言が載せられており、それがどの症状だとリンクするというところまで医療者が経験していないということです。それらをいかに予測して拾っていくかが、実際、医療現場の大きな課題にはなっています。


バイオシミラーの採用----千葉大学医学部附属病院の場合

バイオシミラー導入は、病院経営の危機感から

黒川 石井先生は、千葉大学医学部附属病院の薬剤部長ならびに教授としてご活躍しておられ、また同病院は、バイオシミラーの採用や医療の第一線での使用に積極的に取り組んでいらっしゃいます。日本のリーダー的存在ですが、現在の位置付けに至るには、まず何が動機としてあったのでしょうか。

石井 大きなきっかけは当院が赤字を抱える状況になったことです。今、国立大学病院はほぼ自前で運営しています。建物の建て替えなど、そういった費用も含め、国立系だからといって国が介添えをしてくれるわけではありませんので、そこは自立をしてやっていかなければいけない。何もしなくて済めばよいのでしょうけれども、更に、医療機器の更新や、新しい技術の開発も含めて、現場ではより新しいもの、より良いものに取り組んでいかなければいけない、という中での病院経営は非常に厳しいものになります。
 加えて近年は、新薬も大変高額になってきています。それも積極的に使っていきたいとなると、薬剤費は医療費率の中でどんどん上がっていきます。病院全体で、どこでどのようにお金を上手に捻出していくか。何をセーブして、どこにお金を投入していくかというところを議論する中で、薬剤費もうまく使っていかなければならない、という方向になったのです。まず最初に、先発医薬品をジェネリック医薬品に、そして先行バイオ医薬品(以下先行品)をバイオシミラーへという方向にしていく。そうしていかないと、医療費が持たないという感覚がありました。
 そこで、病院長と話し合った結果、当院もバイオシミラーを積極的に導入していこう、という結論に達しました。私も医療経済を自分なりに調べてみると、当院の経営だけではなく、これ以上薬剤費が増えると日本の国が持たないのではないか、という非常な危機感を抱き、できるところがあるならそこから早くきちんと手をつけ、しっかりと対応をするというスタンスを取ろう、と決めたのです。

黒川 どのようなことにご腐心されましたか。

石井 医師にはジェネリックにせよ、バイオシミラーにせよ、先発品・先行品を尊重する方がいらっしゃるので、その方々にどう納得していただき、気持ちよくお使いいただくかというところに苦慮しました。医師はバイオシミラーに対する理解度が低い、と言いましたが、それ以上に、既に先行品を使い、治療成績があり、うまくいっているものを変えたくないのです。安定している患者さんの治療方法をわざわざいじりたくない。それは本当にごもっともだと思います。
 でも、進み始めたら皆さん、本当に協力的でしたので、そこの壁を乗り越えたらすっと流れていったという状況です。

千葉大学医学部附属病院のバイオシミラー選定プロセス

黒川 “壁を乗り越える”ということも含めて、貴院のバイオシミラー選定プロセスを教えていただけますでしょうか。病院ではだいたいどのような感じで選定をディスカッションされ、具体的に採用され、使われていくのでしょうか。われわれはイメージするのがなかなか難しいのですが。

バイオ医薬品の特徴

石井 スライドを持って参りましたのでご覧ください。薬剤師の視点は薬に関することだけでなく、流通にまで至ります。全てバランスよく持っていることが、バイオシミラーに限らず、薬に対して求められることです。
 切り替えに当たり、まず薬剤部がすることは、徹底的なバイオシミラーの情報整理です。様々な情報をDI室(医薬品情報室)から出してもらったり、現状を当たったり、あらゆる情報を整理します。
 当院には「後発品・バイオシミラー選定ワーキンググループ」があり、特にバイオシミラーに関しては、対象になっている薬を使用する診療科から代表の医師を出していただき、集めた情報を提供しながら、「こういう状況でこういう薬だから、薬剤部としてはここで切り替えても大丈夫だと思う」と提案し、診療科からは疑問点や確認点を出してもらい、両者で徹底的に議論をします。これは一般の薬事委員会には載せません。一般の薬事委員会は診療科全部にまたがりますが、バイオシミラーはかなり特化した内容になるので、そこに載せると大変時間を取る形になってしまいます。そこでバイオシミラーについては、もともと先行品が採用されている診療科と議論し、その結果を執行部会で承認するという形の採用プロセスになっています。そうすることにより、実際に先行品を使っている医師たちと徹底的に議論ができます。薬剤部は情報をきちんと集め、整理したものを提示し、彼らが出してくる質問に対し即座に答えられるようしっかりと準備して臨みます。
 先程、「後発品・バイオシミラー選定ワーキンググループ」は、もともとの導入で壁があったと申し上げましたが、正直なところ、当初は非常に反発を受け、医師からご自分の患者さんの症例のn=1のみで「こんな副作用がありました」と、言って来られる状況もありました。当たり前ですが、医師は患者さんのことには必死になります。それに対しても徹底的に情報提供をして、資料も作成し、やりとりを続けるうちに状況が変わってきました。少しずつ信頼関係が構築され、薬剤師の言うことに耳を傾けていただけるようになってきています。このような関係を構築するのに1、2年はかかったかと思います。

医師の理解促進が大きな課題
薬剤師からの情報提供が現状打破につながる

黒川 貴院の実際のバイオシミラー採用例については、ぜひ後程うかがいたいと思いますが、バイオシミラー普及に向け、病院薬剤師が果たす役割は大きい、ということなのですね。

石井 そう思います。医師が使った経験がないものに対して、やはりはじめの一歩を踏み出すのはとても大変です。まずは薬剤師から医師に、科学的根拠に基づいた実績を紹介することが一番の早道なのではないでしょうか。今、ヨーロッパから多くの文献が出てきています。本当に目白押しでバンバン出ているので、薬剤師がそういった原著に当たってしっかりと必要な情報(エビデンス)を取ってくる。こういったものでは大丈夫か、大丈夫ではないかという話を医師としていけば、次の段階に進める状況になるのではないかと感じています。


普及促進への課題と病院薬剤師の役割

薬剤師はサイエンティフィックな立場で医師に説明を

黒川 国もバイオシミラーの使用促進や普及啓発に積極的です。それで全国キャラバンの予算を組み、普及・啓発のためのセミナーには石井先生にも講師としてご参画いただいておりますが、対象は病院の薬剤師がメインになっていると思います。逆に言えば、メインになっている病院の薬剤師に期待される役割、病院の薬剤師はどういうことを学び、理解をして、それを日常の業務に反映していただきたいとお考えになっておられるのでしょうか。

石井 冒頭にも申し上げましたが、病院薬剤師は、まずバイオシミラーを含め、バイオ医薬品への正しい理解が必要です。例えば、ジェネリック医薬品ではなく、バイオ「シミラー」と定義されている理由は何なのか。では、そのシミラーのばらつきとは何なのか。それがどのようなデータとして取られていて、治療上はその差が反映されるのか、反映されないのかといったところをしっかりと理解していかなければなりません。
 それらをしっかり薬剤師が押さえていれば、医師に理解してもらえます。私どもは、先程お話した当院の方法、バイオシミラーに関してのワーキンググループを創って活動しており、医師にデータを示しながら、「だからこうです」と一つひとつお話しすると、「そういうことだったのか」とご理解いただけます。先行品メーカー、バイオシミラーメーカーに限らず、MRさんはどうしても自社製品に都合のいいことを言ってしまう。それは仕方ないので、あくまでも病院薬剤師はサイエンティフィックな立場で、きちんと医師に説明できるようになってもらえればと思います。

論文を個々の患者さんに落とし込むことも薬剤師の重要な役割

黒川 皆さん多忙な中で、なかなか大変なことだと感じます。しかし、バイオシミラー普及には、病院薬剤師への期待は大きく、専門性を生かすためにもしっかり勉強していただきたい、というわけですね。

石井 そうです。資料を取り揃えて、当然、原著にも当たり、きちんと医師とディスカッションをすると、医師は薬剤師に対し、かなりの信頼感を持ってくれて、最初から薬剤師に聞いてくれるようになるので、今はむしろ大変良好な関係ができ上がっています。ほかの薬にもそれが飛び火して、例えば外来からどちらの薬を選んだらいいかと電話がかかってきたりします。この場合、この患者さんは支持療法としてこちらを入れておいた方がいいのかなど医薬品についての相談ごとも含めて展開していきましたから、まずサイエンスベースでしっかり医師と議論をするのが病院薬剤師に対してのお願い事です。

黒川 病院薬剤師の役割で、今まさに、特に大切なことは何でしょうか。

石井 先程も触れましたが、今、ヨーロッパでどんどんスイッチングの論文が出ているので、それを医師に対してクリアにお伝えしていくことです。論文では統計的なものにしかなっていないので、個々の患者さんの情報にまで落とし込まれていないのが厳しいところです。しかし、そこをきちんと落とし込み、医師に情報提供をするのが非常に重要でしょう。当院では、DI室に生化学系の仕事に精通した薬剤師が在籍していたことから、スムーズに展開できました。訓練をしていないと難しいことだとは思いますが、ひな型ができれば、それに続く人たちは「真似」をできます。
 客観データがあります、となると、医師の反応はまったく変わってきます。スイッチングをしたらこうですよ、これはこうですよ、という根拠があれば、ご納得いただけます。医学部教育では、臨床試験できちんとしたデータが出ている薬が評価されますから。

黒川 確かに、バイオシミラー先進国である欧州の蓄積などを丹念に紐解いていくと、足場を固めて判断できるものがたくさんあるかもしれません。

●石井 伊都子(いしい いつこ)
1988年千葉大学薬学部卒業後、千葉大学薬学部生化学研究室教務職員、助手を経て、1999年、米国National Institute of Health博士研究員。2001年千葉大学大学院薬学研究院、2003年病院薬学研究室准教授、2012年9月、千葉大学医学部附属病院薬剤部教授 薬剤部長/同大学薬学研究院医療薬学研究室教授に就任。薬学博士。


●黒川 達夫(くろかわ たつお)
1973年千葉大学薬学部卒業後、厚生省(当時)入省。薬務局 監視指導課等を経て、WHO職員。その後、科学技術庁、厚生省大臣官房国際課、医薬品審査、安全対策課長、大臣官房審議官等を歴任。2008年より千葉大学大学院薬学研究院特任教授、慶應義塾大学薬学部大学院薬学研究科教授。2016年より日本バイオシミラー協議会理事長。薬学博士。