薬局において先発品からの切り替えが可能なジェネリック医薬品と異なり、先行のバイオ医薬品からバイオシミラーへの切り替えを促進させるためには、医療機関の理解と協力が不可欠です。そこで今回は、千葉大学医学部附属病院薬剤部教授 薬剤部長/同大学薬学研究院医療薬学研究室教授の石井伊都子先生に、病院薬剤部・薬剤師の立場から現状のバイオシミラー使用状況、採用例や採用に際しての課題や問題点、更には使用促進・普及に向けた提言までを、黒川達夫日本バイオシミラー協議会理事長が伺います。(対談日:2018年9月20日)
行政、製薬会社、協議会への要望と期待
医師に影響力がある学会の指針
黒川 バイオ医薬品は20世紀の終わりぐらいから顕著に進んだ生命科学、遺伝子の技術等を反映した成果物で、それをどうやって社会にうまく活用していくか。そこの制度論とかビジョンのところで、まだきちんと整理がついていないように思います。うまく生産性の高いものにしていく中で、バイオシミラーができることは大きいように感じています。そのために、多方面へのご意見をいただきたいと思います。
石井 医師にとって、バイオシミラー採用の大きな動機の一つになるのは学会の指針です。例えば、血液領域で切り替えが進んだのは、米国血液学会発行の『Blood』という学会誌が、「バイオシミラーは科学に裏付けされたものである」という声明を出したことです(注:Martina Weise et al, Biosimilars: what clinicians should know; Blood, 120(26) 5111-7 (2012))。最初、日本ではG-CSFについて「末梢血幹細胞移植における非血縁者ボランティアドナーには先行品を使いましょう」というガイドラインが出ましたが、今は「バイオシミラーを使っていいですよ」となっています。学会がどのように考えていくか、その領域の権威のある学会がどう声明を出していくのかといったところは、非常に影響があるのではないかと感じています。
黒川 そうすると、一つの診断群なり、あるいは診療領域のオピニオンリーダーの医師のご理解も、実際面としては大きい影響がある。
石井 あると思います。
黒川 普及・啓発に当たり、オピニオンリーダーへのアプローチは役に立ちそうですね。それからバイオシミラーは、例えば診断群とか診療科ごとに、桁が1つ違うぐらいの普及率の違いがありますが、その原因は何なのでしょうか。一方でジェネリック医薬品は、今やほとんどがそういった違いは関係なく使われています。先生のご見解をお聞かせください。
石井 ジェネリック医薬品の場合は、診療報酬がかなりついたのが大きいと思います。やはり政策誘導的にそこで切り替えていけば、その分、報酬が入ってくるというのは病院の経営としても魅力です。ジェネリックは数が多いので、そういった形で進んだのでしょう。ただ、バイオシミラーに関しては採用件数がまだ少ないのが現状です。計算に反映できるほどの大きな額にはまだなっていないことが、なかなか切り替えが進んでいかない原因の一つだと感じます。
バイオシミラーの壁は高額療養費制度
黒川 私は、制度というのはいつの世でも完璧なものはない、世間の実体の方が進んでしまっている、そういうものだと思うのですが、病院薬剤師の先生方がご努力される中、石井先生から見て、行政なり、法制なり、早く手をつけていただきたいということに優先順位をつけるとすれば、何が一番になるのでしょうか。
石井 一番目にくるのは高額療養費制度です。バイオシミラー普及に向けての壁はそこだと思います。先行品では高額療養費制度が適用され、患者さんの実際の支払額は安くなります。しかしながらバイオシミラーを使ってしまうと制度が適用されないことがある、という不十分な仕組みになっています。どちらを使っても、高額療養費制度により負担が軽減できることが重要かと思います。
そこは本当に悩ましいところで、計算が難しく、例えば投与する期間も含めたりしますから…。とにかく、医師から「バイオシミラーを使うと、この患者さんが制度を使えない」と言われてしまうと、われわれは言い返せません。
黒川 そこが改善されれば普及は進むと。
石井 やはり、どうしてもバイオシミラーも普通のお薬に比べたら高いわけです。継続的に使わなければいけないケースもたくさんありますから、その患者さんに対する医療費、そういったものをきちんと明確に出し、患者さんにとって生活上の負担が少しでも軽減されるとなってくると、医師は傾くと思います。医師は患者さん個々の状態を、経済的なことも含めて非常にまじめに考えています。この患者さんはこれ以上払えないとか、現実に訴えられますから、そういった時に、この方法がある、と明示していく。難しいことではありますが、複雑な医療制度をクリアにして、それは薬ごとでもいいですし、病気ごとでもいいと思いますが、「こうすればこのように安くなりますよ」と具体的に示し、継続的に治療が受けられる担保があれば、医師は積極的に切り替えてくれると思います。
行政は、患者さんにとって何が一番よいか、を考えていくべき
石井 今年度、薬価のつけ方が大きく変わってきたり、一方、高額療養費制度が走りながらも、バイオシミラーの計算をしなければいけないなど、複雑になってきて、何が一番患者さんにとって、治療も含め、生活も含め、トータル的に得なのかという判断材料がスッキリとしていません。
黒川 確かにそうです。Unclearです。
石井 Unclearなので、一生懸命、時間をかけて結局何が一番いいのかと現場は考えるのですが、本当に患者さんにとってベストなチョイスをしているのか、われわれはジレンマになっているところがあります。
黒川 高額療養費制度は、私が教員として大学にいた時の、学生の研究テーマでもありました(注: 丸山穂高,三宅真二,黒川達夫,患者負担から見たバイオシミラー使用における得失とその問題点の克服に向けた調査研究;医療薬学,42(7) 499-511 (2016))。
石井 論文を読ませていただきました。結局、国の政策はどうなっていくのだろうと思いました。今、日本で貧富の差が広がっているのも医療現場で実感します。経済的に困窮している方が、たまたまリウマチになってしまい、バイオ医薬品を使う対象である場合、高額療養費制度でカバーできますよと言っても、それすら払えないという。もう少し全体を見て、ちゃんと救える人を救っていくところを考えないと。そういう時代になってきてしまったかと思います。
黒川 そのような状況は、構造的にすぐに変わるわけではありませんので、むしろ行政のほうから手を差し伸べていただかないと、なかなか難しいですね。
石井 きちんとした救済措置があれば、元気になって働いてくださり、それが確実に納税に結びついていく仕組みはあるわけですから、その辺りは行政がしっかり取り組むべきところではないかと思います。
品質管理の徹底は、もう一つの最重要課題
黒川 バイオシミラーを世界レベルで見ると、インドとかブラジル、様々な場所で造っているわけですが、品質管理についてのご意見もいただければと思います。
石井 高額療養費制度と同様、品質管理も、また違う意味で重要です。品質管理が適切に行われているからこそ国が承認しているわけですし、それをきちんと実施していただくことが大前提です。おそらくバイオ医薬品・バイオシミラーを造っていくプロセスは、技術的にも加速度的に発展していますので、それを上手に取り入れながら、行き届いた管理体制の下に製造してもらうことが大切です。
あと、もう一つ、最近バイオ医薬品以外にも良くあることなのですが、急に医薬品が供給されないことがあり大変困ります。継続的に使うものですから、製品の安定供給も製薬会社にしっかりとやっていただかなければいけないところだと思います。
黒川 製薬会社は自ら製造販売をして、社会に送り出すものについては内容についてしっかり知っている。弱いところも強いところも知っていて、それはお伝えするような使命もあると思います。そういうところで、さらにお互いが最終的なユーザーである患者さんの最善の利益のために、もう少し協力的な制度になればいいとも思います。また、バイオシミラーを造っている製薬会社からの情報や勉強材料の提供状況、データのavailabilityはどんな状況ですか。注文があればお願いいたします。
石井 当院はデータやそれに関する疑問点をたくさん要求しますが、よく応えてくれています。こういうデータが欲しいとか、こういうものに対しどう考えるかとか、どういう立場にあるのかということをつぶさにDI室を通して聞くようにしていると、きちんと資料を提供してくださいます。すごく口うるさいと思われているのでしょうが、やってくださるので、そこはありがたく思います。
“適応”の問題も普及の妨げに
石井 ここにきて、切り替えやすいもの、切り替えにくいものというジャンルが少しずつ私の中で見えてきていて、それはやはり適応の問題ではないかと思っています。
黒川 保険償還における適応症の問題ですね。
石井 はい。適応症が1個だけのものは、バイオシミラーも適応症が1個です。ということは切り替えやすいわけです。ところが、先行品で適応を複数持っていて、メカニズムが違うものに対しては、別に臨床試験を組まなければ適応は得られません。また、知的財産権や再審査期間中は適応が得られません。さらに先行品の適応追加などがあると適応症は揃わないわけです。となってくると、適応違いがあり、切り替えても使えない患者さんがいるとなったら、いつまでたっても併採用になってしまいます。
黒川 私ども協議会としても、課題として捉えたいと思います。
●石井 伊都子(いしい いつこ)
1988年千葉大学薬学部卒業後、千葉大学薬学部生化学研究室教務職員、助手を経て、1999年、米国National Institute of Health博士研究員。2001年千葉大学大学院薬学研究院、2003年病院薬学研究室准教授、2012年9月、千葉大学医学部附属病院薬剤部教授 薬剤部長/同大学薬学研究院医療薬学研究室教授に就任。薬学博士。
●黒川 達夫(くろかわ たつお)
1973年千葉大学薬学部卒業後、厚生省(当時)入省。薬務局 監視指導課等を経て、WHO職員。その後、科学技術庁、厚生省大臣官房国際課、医薬品審査、安全対策課長、大臣官房審議官等を歴任。2008年より千葉大学大学院薬学研究院特任教授、慶應義塾大学薬学部大学院薬学研究科教授。2016年より日本バイオシミラー協議会理事長。薬学博士。