「関節リウマチ治療における
バイオシミラーの役割と今後の可能性」
関節リウマチは、関節に痛みや腫れが起こり、進行すると関節が破壊され、機能障害に至ることもある疾患です。現在では診断や治療法の進歩により、症状や病気の進行を抑え、良好な状態を維持できるようになっています。その治療に大きく貢献しているのがバイオ医薬品です。関節リウマチでは、現在、先行バイオ医薬品5成分に対するバイオシミラーが承認されており、治療選択肢の一つとして普及が進んでいます。今回は、関節リウマチ診療の第一人者である東京女子医科大学 教授 田中榮一先生と、患者会の会長を務めておられる門永登志栄氏をお招きし、関節リウマチ治療におけるバイオシミラーの現状や今後の可能性などについて伺いました。
(鼎談日:2026年8月24日)
進行すると、関節破壊や機能障害につながる関節リウマチ
バイオ医薬品などの登場で、良好な状態を維持可能に
黒川 本日は、関節リウマチ診療の第一人者であり、さらに医療経済領域を専門とされている田中榮一先生と、患者会の会長をお務めの門永登志栄さんをお招きし、バイオシミラーの現状や今後の可能性について、それぞれのお立場からお話を伺いたいと思っております。まず、関節リウマチはどのような疾患なのか、教えていただけますでしょうか。
田中 関節リウマチは、本来はウイルスや細菌から体を守る免疫が誤って自分自身の組織を攻撃してしまうことで発症する自己免疫疾患です。免疫機能に異常が生じる原因は分かっていませんが、遺伝的な要因に、環境要因が加わることで発症すると考えられています。環境要因としては、喫煙、歯周病、腸内細菌などが挙げられていますが、明確な要因は分かっていません。
症状としては、関節の内側を覆う滑膜に炎症が起こり、関節の赤み、熱感、腫れ、痛みなどがあらわれます。多くの場合、手指の関節や手関節の腫脹や疼痛が左右対称性にあらわれますが、膝や肩、足の関節など、全身のあらゆる関節に起こる可能性があります。特徴的な症状として朝のこわばりがあり、通常は起床後1時間以上続き、日中は徐々に改善されていきます。疾患が進行すると、関節が少しずつ破壊され、変形したり動かしにくくなったりします。また、倦怠感などの関節以外の症状もあり、1日中何もする気が起きないほど強い倦怠感があらわれることもあります。
有病率は全世界共通で0.5~1.0%程度と言われており、地域差はほとんどなく、日本の患者数は約90万人と推定されています。男女比は約1対4と女性に多く、以前から女性ホルモンが関係しているのではないかと言われていますが、はっきりとしたことは分かっていません。
黒川 有病率が0.5~1.0%とのことで、決して珍しい疾患ではないと思います。患者さんの立場から、関節リウマチの症状などについてお伺いできますでしょうか。
門永 田中先生がおっしゃったように、全身の関節が痛くなり、その痛みで関節を動かせないこともあり、また、朝のこわばりが強いとベッドから起きられないこともあります。症状は起床時が強く、だんだんと和らいでいくので、朝と夜では症状が異なるのも特徴だと思います。それから、倦怠感は本当につらいです。自分自身でも、具合が悪いのか、単に怠けているだけなのか分からなくなるくらい、疲れやすいこともあります。
黒川 身体的にも精神的にも大変なご負担となる疾患なのですね。私が関節リウマチという病気を知ったのは医薬品の副作用レポートを分析していた50年ほど前のことになります。その頃は関節リウマチには金製剤や消炎鎮痛剤が用いられていた印象で、深刻な副作用も少なくなかったことを覚えています。その後、関節リウマチなどを専門とされていた慶應義塾大学教授の本間光夫先生の研究をお手伝いし、何度も「効果的な治療法がなく、少しずつ関節が破壊されて変形し、動かせなくなってしまう厳しくて難しい疾患なのですよ」と諭していただきました。現在では治療が大きく進歩していると思いますが、どのような治療が行われているのでしょうか。
田中 50年前ですと痛みや炎症を抑える治療が中心で、病気そのものの進行を抑える治療は限られたものだったと思います。大きな転換点となったのは、病気の進行を抑えることが可能なメトトレキサート(免疫抑制薬)の登場です。現在でも関節リウマチ治療の中心となるアンカードラッグと位置づけられ、治療開始時に使用される重要な薬剤です。
そして、もう1つの転換点となったのがバイオ医薬品の登場です。バイオ医薬品は、炎症の原因物質の働きを抑える作用があり、病気の進行を強力に抑制するだけでなく、関節破壊の進行も抑制することができます。現在は、メトトレキサートを投与して3~6カ月経過しても十分な効果が得られない場合に、バイオ医薬品を追加投与することが推奨されています。
バイオ医薬品の登場以降、病気の進行を抑制して良好な状態を維持できている「寛解」を達成する患者さんが増え続けており、当院の患者さんの約3分の2が寛解を達成しています。病気の活動性を低いレベルに抑えられている状態の「低疾患活動性」まで含めると、約8割の患者さんが非常に良い状態を維持できています。
このように、以前は関節リウマチになると、関節が変形して動かなくなり、手術を受けたり、寝たきりになったりしていましたが、現在では適切な治療によって、発症前に近い生活を送られる患者さんも増えており、サッカーやテニス、ダンスやフルマラソンなど、スポーツを楽しんでおられる患者さんもたくさんいます。
黒川 メトトレキサート、そしてバイオ医薬品により、寛解や非常に良い状態を維持できるようになっているとのことで、昔とは様変わりしていると感じました。門永さんは、バイオ医薬品が登場する前から治療を受けられていたかと存じますが、バイオ医薬品が登場したときの印象はいかがでしたでしょうか。
門永 私は関節リウマチと診断されてから50年以上になります。バイオ医薬品の治療を初めて受けたのは治験に参加したときで、関節リウマチであることを忘れるくらい劇的に変わったのを覚えています。バイオ医薬品がなかったら、私はここまで元気になっていないだろうと思っており、患者にとってバイオ医薬品はなくてはならない存在ではないかと感じています。
先行バイオ医薬品による治療では、月2~4万円程度の窓口負担
バイオシミラーへの切り替えには、患者の納得が重要
黒川 バイオ医薬品は効果が高い一方で、一般的な医薬品と比べて薬剤費が高いという課題があります。関節リウマチは慢性疾患であり、長期にわたる投与が必要となることも多いと思いますが、患者の皆さまの経済的ご負担はいかがでしょうか。
門永 従来から使われている薬と比べたらバイオ医薬品の薬価は高く、合併症や副作用が出ると、それに対する薬も処方されますので、かなりの負担となってしまいます。
田中 バイオ医薬品はいろいろな疾患に使用されていますが、その多くは指定難病に認定されており、医療費助成制度によって自己負担の上限が一定額までとなっています。一方、関節リウマチは指定難病に認定されていませんので、自己負担額の上限はありません。高額療養費制度はありますが、通常の治療であれば同制度の上限額を超えることはまれであり、バイオ医薬品を使っている患者さんであれば月2~4万円程度(3割負担)の窓口負担になります。昨今の物価高などで家計への負担が増すなか、さらにこれだけの治療費を毎月支払うのは、患者さんにとって大きな負担と言えます。このような状況において、バイオシミラーの登場は大変意義のあることだと思います。
黒川 バイオシミラーは、患者さんの経済的負担を軽減し、治療を継続しやすくする選択肢となっているならば、これほど嬉しいことはありません。患者会などで、バイオシミラーが話題になることはありますでしょうか。
門永 正直なところ、バイオシミラーを使っているというお話を耳にすることは少ないです。使っている方からのお話を聞くと、主治医の先生から「今使っている薬と効果などは変わらないから、使ってみるのはいかがでしょうか」という説明を受けて使い始めたようです。ただ、「使ってみたら効き目が違うし、副作用も出ました」というお話も聞きます。
黒川 バイオシミラーは、臨床試験などを実施して先行バイオ医薬品との同等性が確認されていますが、先行バイオ医薬品からバイオシミラーに切り替えた患者さんのなかには効き目や副作用の違いを感じている患者さんもいらっしゃるようです。この点について田中先生のご意見を伺わせてください。
田中 バイオ医薬品は構造が非常に複雑で、製造工程の影響も受けるため、先行バイオ医薬品とまったく同じものを製造することはできません。そのため、バイオシミラーは、先行バイオ医薬品と非常によく似た医薬品になります。まったく同じ医薬品ではないために、先行バイオ医薬品と有効性や安全性に差がないかを確認する臨床試験が行われています。
承認に必要な臨床試験には一定数の患者さんが参加し、平均的に見ると先行バイオ医薬品もバイオシミラーも同等の有効性と安全性を有しているのですが、どの医薬品でも、効果のあらわれ方や副作用には個人差があります。ただ、そのような患者さんは非常に少なく、私の患者さんのほとんどは問題なくバイオシミラーに切り替えることができています。もし、バイオシミラーに切り替えた後に何らかの問題が発生した場合には、先行バイオ医薬品に戻すことも含めて治療方針を改めて検討します。こうした対応も可能であることを説明したうえで、バイオシミラーに切り替えることも、選択肢の一つとして提案する意義はあると思います。
また、切り替えに対する不安や薬への否定的な印象などが、症状の感じ方に影響を及ぼす「ノセボ効果」にも注意が必要です。ノセボ効果とは、プラセボ効果の逆で、副作用の心配など、薬に対するネガティブな印象によって生じる好ましくない反応のことです。患者さんが不安を抱えたまま切り替えることのないよう、治療を変更する理由や、承認までに確認されている品質、有効性、安全性について十分に説明し、納得を得ることが大切です。
門永 安定した状態なのに薬を切り替えることは、患者さんにとってはとても不安なことです。しっかりと説明を受けて、納得してから使うことが大切だと思います。
田中 門永さんがおっしゃったように、患者さんが納得できるように十分な説明をすることは大切です。一方で、1日に何十人もの患者さんを診察する医師が、限られた診察時間で十分な説明を行うのは難しいという現実もあります。私は、使用中の先行バイオ医薬品に対応するバイオシミラーがある患者さんには、バイオシミラーがあるということ、またその際に、バイオシミラーへの切り替えを希望されるかどうかを尋ねるようにしています。
黒川 バイオシミラーへの切り替えを提案されますと、どのくらいの患者さんが切り替えを承諾されるものなのでしょうか。
田中 切り替えに同意いただく患者さんは、半数程度です。残りの半数は、状態が良いので先行バイオ医薬品をそのまま続けることを希望されたり、経済的に困っていないという理由で切り替えを断られたりしますが、そのような患者さんに対しては無理に切り替える必要はないと思います。
バイオシミラーの普及に向けた課題
医療側のインセンティブ、認知度の向上、国産化による安定供給
黒川 診療時間が限られている外来診療のなかで、バイオシミラーを説明する時間を設けることはなかなか難しい、という課題を挙げられました。お話のとおりと思いましたが、そのほかバイオシミラーを使用するにあたってお気づきの課題はありますでしょうか。
田中 バイオシミラーへの切り替えにあたっては、薬剤部や看護部に連絡して調整したり、まずは院内で投与を開始してから在宅投与へ移行したりするなど、非常に手間がかかります。それだけの手間や労力がかかる一方で、バイオシミラーの導入を評価する診療報酬上の措置は医療現場の負担に比べて十分ではなく、実際の負担に見合っていないのが現状です。時間と手間を要する一方で診療報酬上の補填が実際の負担に見合わなければ、バイオシミラーを採用しない医療機関もあると思います。国が掲げるバイオシミラーの普及目標を達成するためには、バイオシミラーの使用が促進されるように医療機関へのインセンティブを見直す必要もあると思います。
黒川 まさに医療の第一線におられる田中先生だからこそのご指摘だと思います。また医療従事者の皆さまのご負担の重さや、医療機関が直面する困難さもよく分かりました。
田中 認知度も課題ですよね。厚生労働省の委託事業による郵送調査では、バイオシミラーを知っている方は約15%となっています。インターネット調査では、さらに低くて10%を切っており、バイオシミラーの認知度は依然として低い状況です。ジェネリック医薬品については多くの方が知っていると思いますが、これまで国や関係団体などが幅広い啓発活動を行ってきたことも、認知度の向上につながっているのではないでしょうか。バイオシミラーについても、そのような一般の方を対象とした積極的な啓発活動も必要なのではないでしょうか。
黒川 当協議会が設立された10年前から、認知度の向上が課題と認識していました。講習会に協力したり、パンフレットや動画などを作成したりしていますが、一般の方々の認知はまだ十分ではないと受け止めています。田中先生がおっしゃるように、より効果の高い啓発活動を検討する必要があるかと思います。門永さんから、何かご意見ございますか。
門永 周りにバイオシミラーを使っている患者さんが少ない状況も、不安の一因になっているかもしれません。バイオシミラーについて正しく知る機会が増えることは、患者さんの安心につながり、バイオシミラーを受け入れやすくなるのではないでしょうか。
田中 そのほかの課題としては、安定供給ですね。輸入に頼っているためか、バイオシミラーの需要が増えると、供給が間に合わず限定出荷となるケースが何度かありました。新規投与の見合わせや、ほかの製剤への切り替えを求められることがありますが、簡単なことではありません。門永さんがおっしゃっているように、ほかの薬に切り替えることは患者さんにとって非常に不安なことで、大きな問題です。
黒川 現在日本で使用されているバイオシミラーの多くは、海外で製造されています。田中先生のご懸念は残念ですが事実でございますし、また変化の激しい国際情勢の中での安定供給確保なども含め、海外依存度の改善が重要な課題と認識しております。またこれについては、同じ認識に立つ政府のご支援のもと、国内での製造基盤の整備に向けた取り組みが始まっています。成果が得られるまでには時間を要しますが、関係者と連携して取り組みを進めておりますので、ご理解いただけますと幸いです。
本日は、バイオシミラーの普及に向けて、患者さんへの丁寧な情報提供、バイオシミラー使用促進に伴う医療の場のご負担、バイオシミラーそのものの認知度の向上、安定供給確保の重要性など、さまざまな課題をご指摘いただきました。患者さんが正確な情報を得たうえで、医師をはじめとする医療従事者の皆さまと十分に話し合い、納得して治療を選択できる環境とその基盤の確保が何より重要と認識した次第です。今回いただいたご意見は、今後の協議会の活動にしっかり活かしてまいりたいと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。
●田中 榮一(たなか えいいち)
1994年滋賀医科大学医学部卒業後、東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センターに入局。その後、2005年より3年間米国スタンフォード大学に留学。2018年に東京女子医科大学医学部 膠原病リウマチ内科学分野准教授、2026年に同分野炎症性関節疾患内科部門教授に就任し、現在に至る。関節リウマチの専門医・指導医として診療・教育に従事するほか、関節リウマチ診療ガイドラインの作成にも携わっている。また、関節リウマチのコホート調査や医療経済的検討などの臨床に関わる研究にも取り組んでいる。尚、自身も13歳で慢性関節リウマチ(現在“関節リウマチ”)を発症し、現在は医師・患者の両方の視点から、日常診療に従事している。
●門永 登志栄(かどなが としえ)
鳥取県生まれ。13歳で慢性関節リウマチ(現在“関節リウマチ”)と診断。1985年の出産2年後に再燃し治療を開始。日本リウマチ友の会に入会後、鳥取支部長、理事、副会長を経て、2023年6月より会長に就任し、現在に至る。会の運営に携わるとともに、療養生活に関する助言、リウマチに関する提言、疾患への理解を広めるための啓発活動に取り組む。
●黒川 達夫(くろかわ たつお)
1973年千葉大学薬学部卒業後、厚生省(当時)入省。薬務局 監視指導課等を経て、WHO職員。その後、科学技術庁、厚生省大臣官房国際課、新医薬品課、安全対策課長、大臣官房審議官等を歴任、2008年退官。その後千葉大学大学院薬学研究院特任教授、2011年より慶應義塾大学薬学部大学院薬学研究科教授。2016年より日本バイオシミラー協議会理事長。博士(薬学)。
