日本バイオシミラー協議会理事長対談
「バイオシミラーが患者さんと社会にもたらすメリットとは?
武藤 正樹先生(日本ジェネリック医薬品・バイオシミラー学会代表理事)、黒川 達夫(バイオシミラー学会理事長)

 バイオシミラーの振興と発展に寄与することで、医療の発展に貢献することを目的として2016年4月に「日本バイオシミラー協議会」は発足しました。まずは医療関係者の皆様のバイオシミラーに対する認知度を高め、理解を深めていただきたいと考え、「バイオシミラーが患者さんと社会にもたらすメリットとは?」をテーマに対談を企画しました。 当協議会の黒川達夫理事長との対談にお招きしたのは、『日本ジェネリック医薬品・バイオシミラー学会』代表理事の武藤正樹先生。バイオシミラーはなぜ必要なのか、そして、バイオシミラーの現状から普及に向けた課題、将来像までを話し合っていただきました。(対談日:2017年9月13日)

  • 1. バイオシミラーとは
  • 2. 効能効果の外挿、先行品からの切り替え、ジェネリック医薬品との違いについて
  • 3. 日本バイオシミラー協議会、日本ジェネリック医薬品・バイオシミラー学会それぞれの使命と活動
  • 4. バイオシミラー先進諸国での取り組み
  • 5. 日本におけるバイオシミラーの近未来

5. 日本におけるバイオシミラーの近未来

バイオシミラー普及・開発を足がかりとし、
バイオ医薬品の研究開発を日本の基幹産業に

産業としてのバイオシミラーについて、お二方はどう捉えていらっしゃいますか?

黒川 今のところ日本で使用しているバイオ医薬品はバイオシミラーを含め、輸入が圧倒的に多いのですが、日本のような資源の少ない国こそ、こういったバイオ医薬品を新薬として開発していく力をつけなければなりません。そのためにも、まずはバイオシミラーを手がけることで生産・品質管理等の技術を開発・確立することが重要です。医療上の安全保障の視点からも、また高度な教育訓練を受けた方々の雇用機会の創出という観点からも、バイオ医薬品を国産できる体制を整えることは意義が大きい。高品質のものが安価に製造できれば、国境を越えて求められるはずです。
 今、国を挙げてバイオ医薬品やバイオシミラーの普及に取り組むことは、患者さんのaccessibility(アクセスの容易性)やaffordability(手頃な価格での提供)を高めることに加え、将来の日本の富、社会全体のウェルフェアの改善に結びついてくるのではないかと、考えています。

武藤 日本のメーカーに新薬開発のリスクにチャレンジしてもらうためにも、さまざまな制度整備を行い、バイオシミラーも含めたバイオ医薬品市場を国内で活性化させなければなりませんね。

黒川 ええ、日本の基幹産業に育てなければいけないと強く思います。今、画期的な治療薬として処方されているオプジーボやハーボニーなどは20世紀から21世紀に変わる頃に開発が進められたものですが、その頃、日本の製薬メーカーはバイオ医薬品の研究開発に積極的ではなかったと聞いています。その製品群が特許満了となる2021年までのこの時期にバイオシミラーに乗り出さないと、世界から2度目の周回遅れになってしまいます。

武藤 当時の日本の製薬業界は低分子の生活習慣病薬で黄金時代を築いていたからかもしれませんね。しかし2度目の周回遅れは、さすがに差がつき過ぎる。我々は韓国を見習うべきかもしれませんね。韓国も昔は原薬メーカーしかなかったのに、現在は国策としてバイオシミラーの産業育成に取り組み、成果を上げています。

黒川 ほとんどのバイオシミラーの供給元が韓国だと議員連盟の先生方に知られるようになり、議論も加速したのではないでしょうか。ただし一方では「バイオシミラーって何?」という議員の方々や国民も多い。情報の浸透度合いが二極化しているのも課題だと捉えています。産業界だけ、あるいは患者さんだけが声を上げても、全体を変えることは極めて難しい。そこで私どもの協議会では小さな団体なりに知恵を出し、関係方面にエビデンスを持って働きかけていく所存です。その一環として厚生労働科学特別研究班に参画し、昨年はバイオシミラーの普及を妨げる要因について調査を行い、今年はバイオシミラーの経済的なインパクトについて国際的な視野に立った調査研究を行っています。
 また、より具体的な課題としては、臨床試験の際に必要となる先発品の対照薬が入手困難である点や症例数について、当局と議論を重ねながら成果を出していきたいですね。


バイオシミラーの普及は、患者全体の受益増につながる

今年6月に閣議決定した「骨太の方針2017」では、バイオシミラーの品目数を製造ベースで倍増させる方針が出されました。

武藤 我々の学会では、ジェネリック医薬品への切り替え目標は品目ベースで80%を目指していますが、バイオシミラーに関しては目標値を金額ベースにすること、そして製品ごとの目標値にしてほしいという要望を出していました。これが「骨太の方針2017」でも認められ、一歩前進したと感じています。
 次の段階として、ジェネリック医薬品のロードマップの中にバイオシミラーを位置づけていくことが重要だと考えております。

黒川 「骨太の方針2017」の中での書きようが、「バイオ医薬品(バイオシミラーを含む)」となっており、研究開発の振興という視点で取り上げられています。これはすなわち、日本の将来を考える上でバイオ医薬品全体を極めて重要な役割だと位置づけたサインとして私は受け取りました。
 今後、必要になるのは、バイオ医薬品の研究開発に対するインセンティブです。R&D投資に対する税制面での優遇や償却期間の延長など、バックアップ体制を省庁の壁を越えて整備していただきたく願っております。そのためには世論も味方につけなければいけません。患者さんには、「高額療養制度があるから自分は先行品で良い」と考えるのではなく、国家予算には限りがあることと、医療費や国の予算削減にバイオシミラーが貢献することをご理解いただき、選択の判断を変えていただきたい。そうした議論の素地を作ることが重要だと考えます。

武藤 おっしゃる通りです。例えば低身長の小児慢性疾患に対して処方される成長ホルモン製剤(ソマトロピン注射剤)に400億円が使われているわけですが、そのうちバイオシミラーのソマトロピン注射剤が占める割合は、現状わずか2%~3%。これを例えば50%にまで高めることができれば、相当な額を別の難病の小児の治療に回せるのです。

黒川 税収50兆円に対して概算要求が100兆円超えという国家予算は、もう限界が来ています。しかも今後さらに75歳以上の人口は増え続けます。限りある医療費を最適に使うために、ジェネリック医薬品やバイオシミラーが貢献できると考えます。


単なる医療費削減ではなく、より多くの患者さんが利益を受けられるということなのですね。患者さん、消費者側も視野を広げることが大切ですね。さて、お二方は、バイオシミラーが当たり前に使われる社会が人々にもたらすものを、どのようにイメージされていますか。今後の抱負も含めて、それぞれのお立場からお願いいたします。

武藤 患者さんの立場、消費者側の立場からすると、選択肢が増えることに大きな意義があります。バイオ医薬品は、がんや血液疾患、自己免疫疾患等多くの難治性疾患に卓抜した効果が得られることが確認されており、それと同等の効果が先行品より安価に手に入るという選択肢は、患者さん本人からも社会からも望まれるはずです。また、公費負担の部分でも先ほどお話しましたように、バイオシミラーが当たり前に使われる社会になると、小児慢性疾患以外の小児の難病により多くの予算が回せるようになるなど、俯瞰で見たときに患者さん全体の受益が明らかに増えていくわけです。
 そうした社会の実現に向け、私たちの学会ではまずは啓発活動を行い、推進策を検討し、国内産業としてのバイオシミラーを育て、それを足掛かりにした先行品の研究開発も目指す、というステップを模索していきたいですね。

黒川 バイオ医薬品の適用対象となる患者さんは、病気の痛みに加え、生活上の不自由さや精神的な落ち込み、さらには家族をはじめとする他者への遠慮といったさまざまな問題・苦悩を抱えていらっしゃいます。例えば、お子さんの進学に際して「自分の治療のために大学をあきらめてくれ」とは言えないがために、自身の治療をあきらめる方もいらっしゃいます。
 しかし、そういった問題を解決できる素晴らしい科学、素晴らしい医薬品が実際にある。そこに患者さんが少しでもアクセスしやすくするのが、日本バイオシミラー協議会の使命です。私どもは大きな団体ではないので、まずは一群の先行品の特許が満了する2021年を見据えた行程表の中で戦略的に優先順位をつけ、ポイントを押さえた活動を行っていきたいと考えています。
 武藤先生のジェネリック医薬品・バイオシミラー学会には学問的な部分で教えをいただき、我々ができることは貢献しながら、共に手を携え相補的に各界の説得にあたっていくということに尽きるのではないかと思います。今後とも協力関係をぜひお願いしたいと思います。


本日は、大変有意義なお話をうかがうことができました。本当にありがとうございました。

 

●武藤 正樹(むとう まさき)
1978年新潟大学大学院医科研究科修了後、国立横浜病院(当時)にて外科医師として勤務。同院在籍中、ニューヨーク州立大学家庭医療学科に留学。国立医療・病院管理研究所医療政策研究部長、国立長野病院副院長等を経て、2006年より国際医療福祉大学三田病院副院長・国際医療福祉総合研究所長・同大学大学院教授。2013年4月より同大学大学院医療経営管理分野責任者。中央社会保険協議会(中医協)入院医療等の調査評価分科会会長、日本ジェネリック医薬品・バイオシミラー学会代表理事。


●黒川 達夫(くろかわ たつお)
1973年千葉大学薬学部卒業後、厚生省(当時)入省。薬務局 監視指導課等を経て、WHO職員。その後、科学技術庁、厚生省大臣官房国際課、医薬品審査、安全対策課長、大臣官房審議官等を歴任。2008年より千葉大学大学院薬学研究院特任教授、慶應義塾大学薬学部大学院薬学研究科教授。2016年より日本バイオシミラー協議会理事長。薬学博士。