2009年に本邦で初めてバイオシミラー(BS)が承認されてから約10年が経ちました。次々とBSが発売されていますが、その普及およびBSに対する理解は十分とは言えないのが現状です。そのような中、2018年度より厚生労働省主催/日本病院薬剤師会共催のバイオ医薬品・バイオシミラー講習会が開催され、また「バイオ後続品の品質・安全性・有効性確保のための指針」が10年ぶりに改定されることになり、BSの理解・普及促進が一層図られる環境が整いつつあります。
今回、講習会の講師も務められた浜松医科大学医学部附属病院薬剤部教授・薬剤部長の川上純一先生をお招きし、講習会の成果、BS普及への取り組み、改定される指針についてお話しを伺いました。
(対談日:2019年11月7日)
1. BSの普及に向けた啓発活動の状況
-2018年9月15日の仙台を皮切りに、BS普及活動の一環として厚生労働省主催の医療関係者向け講習会が全国12ヵ所で開催されました。反応はいかがでしたか。
講習会には、のべ1,122名の方に受講していただきました(表1)。受講者からの質問も多く、BSに対する関心の高まりを感じました。BSを普及させるための初めての啓発活動としては成功だったと評価しています。受講者の属性を見ると、多くは薬剤師と製薬企業関係者が占めており、医師や看護師はごく一部でした。推測するに、この結果はそれぞれの職種にとってのBSとの関わり方が反映されたものかと思われます。薬剤師は、医療機関においては採用・導入から調剤・使用後のフォローまでの一連の流れについて責任を持たなければなりませんし、薬局においても同様で特に患者さんへの十分な説明が求められますから、BSに関する情報ニーズが高いのだと思います。
また、2018年度は一般の方向けに市民公開講座を2ヵ所で開催しました。こちらも厚生労働省としてはBSに関する初めての試みでしたが、のべ100名の方に大変熱心に聴講していただいた次第です。
-講演会を通じて感じられたBS啓発活動に関する課題を教えてください。
受講者に対して行ったアンケート調査の結果では、受講後の理解度はいずれの講義内容についても「よくわかった」と「どちらかと言えばわかった」の合計が9割前後でした。満足度についても、受講者全体、医師・薬剤師のいずれも「満足」と「やや満足」の合計が9割近くに達していました(図1-A)。難易度については半数近くが「難しい」あるいは「やや難しい」と回答しています(図1-B)。これは、BSというよりもバイオ医薬品自体に対して深い理解を有している人がまだ少ないことが背景としてあり、BSの製造や品質管理、臨床試験について知識の習得意欲の高さが現れているのだと思います。
一方で、受講後であってもBSを採用・導入する上で同等性/同質性に疑問がある、情報が十分ではないという懸念が呈されていました。これらの意見を考慮し、より理解しやすくするとともに、採用・導入の際の懸念を払拭するための講義内容の見直しが必要だと思います。実際に医療機関がどのようにしてBSを採用・導入しているのか、BS間の比較をどうすればよいのかという点について知りたいという意見も多く、実践例を盛り込むということも課題に挙げられますが、これに関しては厚生労働省が主催する講習会ということも考慮しなければなりません。加えて、BSについて正しい理解を得るための課題には、用語に関する誤解を解く必要があると感じました。例えば、「切り替え」について「切り替えてはいけない」という誤解が聞かれましたが、これは製造販売後調査期間中のトレーサビリティーを確保するための一つの対策であり、切り替えが禁止されているということではありません。
-今後のBS啓発活動については、どのようなことを予定されているのでしょうか。
2019年度には前年度の講習会で使用した資料をupdateした上で、厚生労働省のホームページ上に掲載しようと考えています。日本医師会の協力を得て、医師を対象とした講習会の開催も検討中です。また、主に薬剤師を対象とした医療関係者向けの講習会を4回、市民公開講座も2回の開催を予定しています。
2. BSを取り巻く環境と浜松医科大学医学部附属病院での取り組み
-BSの現状、市場環境について教えてください。
2019年9月18日の第423回中央社会保険医療協議会において、個別事項「医薬品の効率的かつ有効・安全な使用について」の中でBSが議題として取り上げられました。平成28(2016)年度のレセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB)オープンデータに基づくBSの使用割合が提示され、エポエチンアルファやフィルグラスチムでは6割台半ばである一方、インフリキシマブは2.8%と低く、使用割合は製剤や疾患領域で大きく異なることが示されました(図2)。BSの認知度については一般生活者で19.1%、関節リウマチ患者で34.0%、糖尿病患者では26.5%であり、使用意向を示した割合は関節リウマチ患者が37.0%、糖尿病患者が44.4%でした。BSの普及・啓発は不十分な状況であり、これを進めるために患者への情報提供・説明や症状観察等への評価を検討することが提案されました。
インタビュー後追記
2020年1月15日の第445回中央社会保険医療協議会で了承された「令和2年度診療報酬改定に係るこれまでの議論の整理案」においても「後発医薬品やバイオ後続品の使用促進」や「医師・院内薬剤師と薬局薬剤師の協働の取組による医薬品の適正使用の推進」の中に、「バイオ後続品の患者への適切な情報提供を推進する観点から、在宅自己注射指導管理料について、バイオ後続品を導入する場合の新たな評価を行う。」と記されました。したがって、BSの市場環境としては、次年度以降も徐々に拡大するものと期待されます。
-浜松医科大学医学部附属病院におけるBSの採用・導入の進め方と状況について教えてください。
当院では、BSの採用・導入に際しては、当該製剤を主に処方することになる診療科の医師と十分に協議した上で、薬剤管理委員会において審議・承認後に使用が開始されます。BSに限らず、薬剤部では採用・導入を検討する薬剤について、事前に処方対象となる患者像と人数の把握、承認時審査資料・審査報告書や薬価算定等の情報収集、類似薬との相対評価や使い分けの検討などを行い、臨床ニーズがある場合にのみ使用します。採用・導入後も、処方量・患者数や有効性・安全性・経済性などに関するアウトカムを把握し、継続の可否についても検討します。薬剤の採用・導入については、委員会での多数決のような方法ではなく、関係者における合意形成が重要と考えています。
適正使用に向けて類似薬との使い分けが生じる場合は、フォーミュラリーの手法が有用です。フォーミュラリーとは、「医療機関等における医学・薬学的妥当性や経済性等を踏まえて作成された医薬品の使用方針」や「使用ガイド付きの医薬品集」として理解していただいて宜しいかと思います。図3はインフリキシマブのフォーミュラリーの例ですが、最終的には処方医の判断にしているため、当院でのインフリキシマブBSの使用割合は全国平均よりは高いものの2割程度にとどまっています。
-フォーミュラリー管理を行っていても、BSの使用割合には製剤間で大きな差があります。それには何が影響しているのでしょうか。
先程も述べましたように、まずは使用する診療科の先生と話し合って、理解を得たりコンセンサスを形成したりすることが不可欠だと思います。その上で、BSの使用割合に影響しているのは疾患や治療内容の特性だと思います。関節リウマチや炎症性腸疾患などの自己免疫疾患は、治療方針に対する患者の意志の反映が比較的大きく、切り替えに際しては患者の十分な理解も必要となるため、急激な普及は難しい場合もあるかと思います。一方で、リツキシマブはDPCの中で薬剤費を削減できることもあり、切り替えを推進していく方針で診療科の先生ともコンセンサスを得られました。そこには、薬剤師の介入度の影響もあると思います。入院医療やがん領域などでは、薬剤師が処方提案や服薬指導などを通じて薬剤選択に関与する割合が高いので、BS普及を左右する一因になっているかと思います。
また、隠れた要因として、オーダーエントリシステムがBS処方の妨げになりうる可能性もあります。例えば、先行品をDo処方するのは容易なのですが、先行品からBSに変更する場合、外来時に多忙な医師が先行品を削除してBSを検索して入力し直すような手間を要します。また、当院ではインスリングラルギン製剤については、先行品からBSに切り替えています。その場合、先行品の商品名や「グラルギン」で検索すればインスリングラルギンBSが表示されますが、「インスリン」で検索するとすべてのインスリン製剤がリストアップされるため、インスリングラルギンBSはどの先行品のBSなのか分かりにくいのです。このような問題点が現場では生じています。
3. 10年ぶりの指針改定~BS課題解決のための布石となるか
-BSに関する国内の指針としては、2009年に制定された「バイオ後続品の品質・安全性・有効性確保のための指針」がありますが、BSを取り巻く環境変化に伴い、AMED医薬品等規制調和・評価研究事業としてBS分科会(座長:国立医薬品食品衛生研究所 生物薬品部 部長 石井明子先生)が発足し、様々な関係団体から参加いただいて10年ぶりに指針改定作業が進められています(図4)。
このBS分科会の活動方針として、「バイオ後続品の開発・審査にかかわる産官の関係者以外に、医療関係者も指針を参照することを念頭に、正しい理解につながる表現を用いることにも配慮する」とあります。かなり改善されていると思うのですがいかがでしょうか。
医療関係者が持っていた誤解を解消するよう配慮されたのは良いことだと思います。理解できなかったり、誤解があったりすると、BSの使用を否定する理由となってしまいますので。
-図5に改定前後の項目の比較を示しています。「同等性/同質性」や「外挿」をわかりやすく説明したということで、医療者の皆さまにも患者さんへの説明時等で参照していただければと思います。
そうですね。これをきっかけに薬剤師のBSに対する理解が進み、医師からの質問にもきちんと回答できるようになれば、BSに対する懸念が払拭されて切り替えが進むのではないかと思います。医療者による適切な理解と、何よりも患者への説明がより一層大切になってきますね。講習会への参加も含めて、まずは自分たちが理解を深める工夫もしなければいけないと思います。
さらに、BSの使用実態調査や様々な臨床研究なども多数行われるようになれば、新たな知見が得られるとともに、これからのBSの指針を策定する上でも役立つように思います。
-最後に、BS開発企業に期待することは何でしょうか。
BSの安定供給が第一です。供給困難の事態が生じれば使用割合は増えず、不信感も招いてしまいます。また、普及啓発のためにもBSに関する情報提供もお願いしたいと思います。
そして、何よりも期待するのはバイオ創薬に関する開発技術の向上です。日本発の新規バイオ医薬品、日本発のBSの登場を期待したいです。厚生労働省がバイオ医薬品とBSの両方の開発を推進しているのは経済性のみではなく、創薬イノベーションの推進があるのだと思います。
●川上 純一(かわかみ じゅんいち)
1990年東京大学薬学部薬学科卒業、1995年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。東京大学医学部附属病院助手、オランダ・ライデン大学客員研究、富山医科薬科大学(現 富山大学)助教授・副薬剤部長を経て、2006年より浜松医科大学医学部附属病院教授・薬剤部長に就任。2007年からは静岡県立大学客員教授を兼務。日本薬剤師会副会長、日本病院薬剤師会副会長。